Bricoの放浪記

ガンを乗り越えて、ゆる〜〜く旅する生き方を選んだ 旅と免疫力アップの日々のブログ

Valletta Malta

金曜日は 午後から首都バッレッタに行きました、

f:id:michimichi141:20170513200150j:image

f:id:michimichi141:20170513200225j:image

f:id:michimichi141:20170513200256j:image

f:id:michimichi141:20170513200330j:image

バレッタは 17世紀に ヨーロッパ8か国から集められた聖ヨハネ騎士団が オスマントルコの進撃に応戦して ヨーロッパの キリスト教社会を イスラム勢力から 死守した海に突き出た城塞都市です。

グレートシーズと名付けられた戦いは

400人の騎士団と9000人のマルタ島民で4万人だか6万人だかの 圧倒的トルコ軍団に対抗して 援軍が到着するまでの 4か月間を 戦い抜き なんと6分の5の 人々が命を落としたという まさしく死守された要塞です。

この街は イスラムに対抗するために 20年の間に造られた城塞都市で 1980年に 世界遺産に承認されました。

学校のあるペムクロークという所から バスで出かけましたが途中深く入り組んだ海沿いの街をくねくねとバスは走り 一時間以上かかって バレッタに到着しました、バスは 街の入り口で終点になり そこからは歩いてバレッタを見て回らなければなりませんでしたが 思ったより大きな街で、しかも町の中心のメインロードと両側の海沿いの道は かなりの高低差があり 道というより階段だらけで 歩き回るには疲れました。

f:id:michimichi141:20170513200423j:image

バレッタの道は 有事に真っ先に海岸線で敵を迎え撃つためにすべて海までまっすぐに伸びた道が特徴で 階段も馬で駆け降りることがたやすいように段差が少なく作られています。

f:id:michimichi141:20170513200511j:image

城塞としてのビジュアルは街の中にいては見ることができないので ドローンか何かでないとこの街の特徴的な画像は撮れないと思います。

私は日本でマルタの世界遺産に関するビデオを見てバレッタに行ったら見たいと思っていた 1543年に造られた聖ヨハネ大聖堂 や 武器庫の資料館、 騎士団長の宮殿、施療院、昔の衣装のまま衛兵交代のパフォーマンスが見られるアッパーバラッカガーデン、フィラモスの聖母聖堂 など歩けば見つかると思っていましたが広い城塞の中やみくもに歩いても見つけられませんでした。

バレッタは もう一度 下調べしてリベンジの必要があります。

ちなみにバレッタという町の名前はグレートシーズの戦いの時の騎士団長 ラ・バレットの名前をとってつけられたそうです。

f:id:michimichi141:20170524144752j:image

アイフォーンで見ると8000歩ほどしか歩いてない事になっていましたが もの凄く足が疲れました!クタクタ!